満月とラヴェル

明日、キタラでラヴェルの『マダガスカル先住民の歌』を演奏します。先日、中秋の名月が見られた夜、この曲を聴いていたらいつもより明るい夜の少し妖艶な美しさがこの曲に妙にマッチしていて小さく感動しました。しかしこの曲、1回聴いただけではなかなかその良さが理解できないと思います。特に歌詞が外国語の場合は入りにくい。ですので、出来る限りのイメージを持って聴くことをおすすめします。

ラヴェルの音楽は、ちょうど、満月の夜のような音楽です。すべての条件がそろって初めて、完璧な美を成す。ある音はあるべき場所に置かれ、絶妙なタイミングで混ざり合い、指示されたことを全て正確にこなして完璧に形作られる。ラヴェルは自作の曲が演奏家にどのように演奏されるかにとても神経質だったようです。ある自作曲が演奏家の都合で手直しされた事をラヴェルが批判した時、その演奏家が放った「演奏家は作曲家の奴隷であってはならない」に対してひとこと、「演奏家は作曲家の奴隷である」と返したのはあまりにも有名な話。

そんなわけで、ラヴェルの曲を演奏する時の作曲家と演奏家の関係はSとMになります。

『マダガスカル先住民の歌』は歌、ピアノ、フルート、チェロというユニークな編成で演奏されます。  フランス植民地時代のマダガスカル原住民の歌をフランス語になおしたものが原題になっています。

第1曲目は、Nahandoveという美しい女性に恋焦がれ、心を奪われているナイーブな男性の心情を、途中濃厚なラブシーンなんかを挟みつつ(もしかしたらこの男性の妄想かもしれない)、ストーカー一歩手前の精神状態なのですがまだ美しさを保ちながら、色っぽいメロディで彩っています。男性の気持ちを歌ったものですが、女性の声で歌われることも多いようです。歌詞はこちら

第2曲目、曲の初っぱなから強烈なインパクトを放つ「Aoua!」の叫びはマダガスカル原住民の生活を脅かす、白人たちの侵略を歌ったもの。「Aoua! 海岸に住む白人に気をつけろ!」という喚起の声から一変、どのように自分たちの土地に侵略してどう脅かしてきたのかという恨みつらみを、伴奏とは別の調性で歌うのです。この、違う調性が同時進行というずれた響きがなんとも恐怖です。
歌詞はこちら

第3曲目は、南国のぬるい、湿度の高い、けだるい昼下がりの休暇を歌ったもの。曲の終盤でチェロのハーモニクスのピチカート奏法の効果が地味に出ています。どこかの南国で聴いたことのある民族楽器のような。最後、生温い休息から突然我に帰ったように、「さて、ごはんでもつくろうかしら」というひとフレーズはなんか可笑しい。歌詞はこちら

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