知るということ。

年末にお茶をこぼして全く機能不全となったPCを起動してみたら、なんとまだ生きていました。ということで、今久しぶりにマイパソコンで文章を書いています。最近自宅でオペラを鑑賞する術を発見しました。常々オペラアリアにはたくさん名曲があるにもかかわらず、曲と歌詞を同時に理解することができないため残念に思いながらも敬遠しがちでした。しかしやはり名曲は名曲。歌詞を理解できるとさらに価値が上がります。ひょんなことでみつけたオペラ対訳プロジェクト という素晴らしく充実したサイトで対訳を見つつ、いつもお世話になっているナクソスML で音源を聴くということを同時進行すると意外と感情移入できるということを発見しました。ただし、映像はないのでCD観賞と一緒。これで先日はワーグナーのタンホイザ―を観賞し、号泣。傍から見ればi phone を握ってイヤホンつけてやけに感情の昂ぶっている変な人なのかもしれませんが、勉強するにはとても良い方法でした。オペラのアリアはもちろん歌詞がついた上での名曲なのですが、やはり名曲というからにはメロディーも素晴らしい。ということで、頻繁に楽器だけで演奏されることもあり、チェロでもよく弾きます。曲を演奏する時「この曲はどう演奏されるべき曲なのか」は非常に重要です。作曲家が残した譜面から、作曲家の意図、当時の環境、どの様な状況・風景・感情を表した曲なのか、を演奏家のフィルターを通した上でなるべく正確に再現すること。曲に何を求められているかを理解しようと意識するようになってからは、「自分がこの曲をどう弾きたいか」という主観的なことをあまり考えなくなりました。その代わり、曲を取り巻く色々なことを良く調べるようにしています。

例えば、先日読んだ本にあった一節です「鉄道開通のとき、まっさきに汽車にお乗りになったとか」「乗りました乗りました。五年前の、ドイツ初のやつです。目のまわるような速さでしたよ。時速50キロ近いんですからね。オペラ作曲家のロッシーニ氏なんか、すっかり怖がって、もう二度とごめんだと言ったそうです」「フェリックスも、『気の狂うほどの速さだ』と、手紙に書いてよこしていましたわ。とっても楽しくて、また乗りたいんですって」(芸術家たちの秘めた恋ーメンデルスゾーン、アンデルセンとその時代 中野京子著より)

当時の主要な交通機関が馬車だった頃なので時速50キロが目の回る速さだったということには気づいていませんでしたが、現在とは速度の感じ方はまるで違ったという環境の違いも、音楽を表現する上では重要なことではないかと思います。色々と頭に詰め込むと理屈っぽくなりがちですが、曲をよく知ったからこそ出る説得力というものを大事にしたいです。予習の時は脳みそを、音を奏でるときは、感性を。それぞれ動かす機関は違うようです。音楽は楽しい。

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