わたしはいま、結婚して小さい頃から慣れ親しんだ札幌のとある地域に住んでいます。
途中、東京やらドイツに生活していたことがありますが、やはり心はいつも札幌にあった気がします。
世界に羽ばたく仲間たちを見送りながらも、わたしはいつもこの土地でなにかをしようと努力してきました。
自信がなくてがむしゃらに頑張っていた時期もありますが、経験を経て、今はずっとずっと小さい頃から培ってきた音楽を武器に、志ある仲間と北海道で出会った人たちに『伝える』仕事をしています。
文化を「教養」ではなく、「たしなみ」として生活の一部に取り入れるという習慣はやはりまだ、北海道では一般的ではありません。
わたしが本当に伝えたいことを一般に理解してもらうことはまだまだ先のことです。だけど、諦めてはいません。
音楽の本質は、「愉しみ」だと思っています。
教養でもなければ、評価したりされたりするものでもないし、ただの好き嫌いの世界だと思っています。
そんな音楽を奏でる側のわたしたちは、縁あっていまも楽器を持って各地を飛び回っているわけですが、ここに来るまでにとても長い間努力してきました。寝ても覚めても楽器の練習をしていた時期もあるし、そんな努力が報われず悔しい思いや屈辱を味わうことも少なくはありませんでした。が、たまに、ほんとうにごく稀に、ものすごい達成感を味わうこともあります。
そうやって、長い間かけて磨いてきた『芸』の価値は、やっぱりまだ、一般には理解されていないような気がしてなりません。
だけど幸運なことに、お客様や仕事先でお世話になった方の中にはそのことに気づいて熱心に応援してくださる方も少なからずいらっしゃいます。
そういう方がいるから、札幌でも音楽を続けてこられました。むしろ、いなかったら続けられませんでした。
これからどうなるかはわかりません。だけど、出会いたいと思う人や仲間には必ず出会ってきた人生。希望は捨てていません。
わたしがお客様に求めることは、「純粋に音楽を楽しんでくれること」仕事の依頼主さまに求めることは、「音楽を愛して、プロの仕事を理解していること」共演者に求めることは、「生きた音楽を追求できる仲間であること」
そして、自分に求めることは「どんな逆境にあっても諦めずに、志を曲げないこと。感謝を忘れないこと。」
こんなに単純なことしか求めていないのに、こんなに難しい。
それが、札幌でフリーのチェロ奏者を続けて実感していることです。
最近、いつも心にとどめている言葉があります。
ビートたけしさんの言葉。
不思議なもので、いつまでも若手じゃない
ファンもずっとファンでいてくれるわけじゃない
いつの日か、テレビのお荷物になる日が絶対にくる
それを心に留めておかなくてはならない
けれど、だからといって芸事の勉強をやめてはいけない
一生懸命やっても芸人としての寿命をほんの少し延ばすことにしかならないけれど、それをやめてはいけない
それが芸人というもの